diary

やっぱり淡路島でしかできない暮らしがある。そう感じた休日の話

ある日曜日の昼下がりのこと。

旦那さんの友人宅へ遊びに行くと、そこには都会で生きてきたわたしにとって、十分すぎるくらい衝撃的な光景が広がっていた。

大の大人2人でキャッチボールができるくらい広々とした裏庭には、

憧れサイズの家庭菜園。

いちごまで植わっている。

大きなウッドデッキには気持ちよさそうに洗濯物が揺られ

その周りでは水鉄砲を片手にはしゃぎまわるこども達の姿。

「いちごをとろう!」

こども達に連れられて、庭で育ったいちごを摘み取る。

いままで農園で育てられた、大きく立派ないちごしか見たことがなかったわたしには、手作り感あふれる、未完成で不揃いないちごたちがとても愛おしく思えた。

「お母さん、またいちごジャム作って!」

「分かった、分かった」

そんな親子の会話にすらキュンキュンしてしまう。

もちろん淡路島だからと言って、全ての家庭にこんなに広い庭があるわけではない。

むしろここのお宅は、地主でたくさん土地を持っているから、これだけ夢のような生活が送れているのだ。

それでもやっぱり、淡路島でしかできない暮らしがある。

そう感じた瞬間だった。

長女のHちゃんは、帰り際になるといつもプレゼントをくれる。

今回も作りたてのキーホルダーをくれた。

子供にもらったものって、なんでこんなにうれしいのだろうか。

これがもし自分の子供からだったら、きっともっと、うれしいんだろうなぁ…

わたしたちもいつか、マイホームで子供を育てる日がくるのだろうか。

子供たちから水鉄砲の標的にされ、逃げ惑う旦那の姿を見ながらそんなことを思う。

穏やかで愛おしい休日に、なんてことない

小さな夢を抱いた。

「紡ぎ屋」の藤本沙紀です。2017年3月に東京から淡路島へ移住し、フリーライター・制作ディレクターとして活動しています。